Fahrenheit -華氏-
俺は手を止め、顔をあげた。
緑川を見ると、彼女は俺を冷め切った目で見下ろしている。
それは恋をしている目ではない。
何か忌まわしいものを見る―――いっそ恨みに近い視線だった。
何だ―――?
「どうして?」
気になって俺は聞いてみた。
「あたしああゆう『仕事が大好きです』って女大嫌いなんですよねぇ。男の人を頼らなくても自分一人で何でもできるってあの態度が嫌い」
緑川は吐き捨てるように言った。
「何で?仕事ができる女の人はすばらしいと思うよ。日本はまだまだ男尊女卑な国だから、やりにくいとは思うけど、ああゆう人にがんばってもらいたいよ」
「…そうですか?女なんてどうせいずれ結婚して辞めていくものですよ。しかもああいう人って『男なんて要らないわ』って顔して、恋愛には結構貪欲なんです。
さりげなく弱いところ見せると、普段は何でもこなせる人がこんな意外な部分があったのか、って男の人は思うわけ。
それで簡単に男の人の気持ちを奪っていくんです。
近くに気に入られようと努力してもがいている女子がいるにも関わらず、その子には目も向けず」
う゛…
俺もその口だ。
柏木さんのは別に計画性があったものじゃないだろうけど。
何も言い返せません。
でも柏木さんが恋愛に貪欲だとは思わない。彼女は恋愛することに疲れ切っていて、行き着いた先が仕事だっただけだ。
「そんな女としての努力も何にもしてない人、あたし大嫌い」
「努力?」
「そうですよ。あたしは女であることを全面的に認めて受け入れて、どんな女がいいのかいつも研究してるんです。男の人が好みそうな服装、メイク、喋り方、仕草…」
緑川の気持ちは多少なりとも理解はできるが、俺は柏木さんが何も努力していないとは思えない。
柏木さんは周りから自分は何もかも持っている女だと思われがちだと、こぼしていた。
それは本人の努力の末の結果なのに。
「熱弁だね。緑川さんはそれで良い男を捕まえられたの?」
緑川の言葉に、つい反論してしまった。
しかも棘だらけの言葉だ。