Fahrenheit -華氏-

やばい。


とうとう泣かせちまったか……


恐る恐る、と言った感じで顔を上げ、俺は話題を変えた。


「前から思ってたけどさぁ、緑川さん俺のどこがいいわけ?俺が酷い男ってのは分かってるんでしょ?」


緑川は額から手をどけると、俺をじっと見てきた。


目の縁が赤くなっている。泣いてはいなかったけれど、今にも泣き出しそうだ。いつもの演技の涙じゃない。本当に感情が昂ぶっているように思えた。


「そんなの決まってるじゃない。顔。顔ですよ。あと、お金」


「性格は二の次?」


「そんなの後付じゃないですか。美しいものに惹かれるってのは動物世界の基本ですよ?」


うぅむ…言ってることは、間違ってない。


しかし…本人を目の前にこうまではっきり言えるなんてすげぇな。


「顔もそうですけど、あとは経済面?それに頭の良さ?だって、優秀な遺伝子残したいじゃないですか。自分の子供がバカとか絶対ありえないから」


俺は種馬か。って思わず突っ込みたくなった。


「愛があればどんな人でも大丈夫、なんて言いますけど、あんなの嘘。結婚すればそんなの次第に薄れていくんです。だったら、愛情以外で秀でてるものがあればずっと長く居られる気がするし」


「顔が良くたって、いくら優秀だからってうまく行かない夫婦は幾らでも居る」


現に柏木さんとマックスがそうだ。


はぁ。


俺は長々とため息を吐いた。


緑川との会話はさっきから堂々巡りだ。俺が何を言おうと、こいつには通じないらしい。


俺の本性を知って、ここまで食い下がる女は初めてだ。


正直、これ以上どうすればいいのか、なんて分からない。





こりゃ裕二の言った通り、飲み会で荒れなきゃいいけどな……









< 551 / 697 >

この作品をシェア

pagetop