Fahrenheit -華氏-
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「ねぇ柏木さんは俺のどこが良かったの?」
例により、夜10時を過ぎて二人きりになって俺は隣で黙々と仕事をこなしている柏木さんにそっと問いかけた。
「はぁ?」と柏木さんの表情が物語ったいた。
「あ、いや!ちょっと気になっちゃって」
俺が慌てふためいて、手を上下させているのを尻目に柏木さんはマイペースにキーボードを触っている。
「…………まぁ、敢えて言うなら―――温度、ですかね」
はぁ。温度、デスか……
そう言えば前も言ってたよなぁ。
さすが柏木さん。男を選ぶ理由も並じゃない。
「…何でそんなこと言い出すんですか?」
「え?いやぁ…昼間緑川さんとそういう話になってさぁ」
「緑川さん…?ああ……」
柏木さんは妙に納得顔で頷いた。
悟りきった顔つきは、今日の俺らの会話を知っているように思えた。
「あのぅ柏木さん。今日の俺たちの会話聞いてたの?」
「会話?いいえ。何を話していたんですか?」
さらりと言い、柏木さんはここにきて始めてキーボードの手を休めた。
「や!聞いてないんだったらそれでいいんだ!」
「……何なんですか…」
消化不良に顔を歪ませながらも、柏木さんはそれ以上聞いてこず、またマイペースに仕事を始めた。
ほんとクール…てか冷たい??
男に媚びるとか、そう言う単語は柏木さんの中で存在しないんだろうな。
確かに…ガキの頃ならそういうめんどくさい女ごめんだったけど、可愛いだけの女がいいって言うのはせいぜい高校生までだ。
歳を取ると、それなりに中身も見るようになる。
俺が柏木さんに惹かれたのは、ちょっと冷たくされて簡単に落ちそうにもないから。とかそんな単純な理由じゃない。
俺は柏木さんの不器用だけど、まっすぐで愛情深い生き方にとことん惚れ込んだんだ。
そう言うこと……正直に緑川に言うべきだったかな…。
そう思いながら、俺も仕事を再開した。