Fahrenheit -華氏-
「バっ!声がでけぇ!!」
俺は綾子の口を塞いだ。
「ホントに柏木さんとデートなわけ!?」
俺の指で塞がった手の隙間から綾子が小さく問いかける。
「何を、していらっしゃるんですか?」
ふいにすぐ近くで声が聞こえ、俺はぎくり、として振り返った。
すぐ後ろに、ちょっと眉を寄せてしかめ面をしている柏木さんとばっちり目が合った。
俺は慌てて綾子から手を離すと、条件反射に気をつけの姿勢をとる。
「あら、柏木さんおはよう。今日は可愛いかっこね」
「おはようございます。ありがとうございます」
綾子がにこにこ言って挨拶したので、俺はそのとき初めて柏木さんの姿をまじまじと見た。
黒いシフォンのワンピースに、短めの丈のデニムジャケットは肘の辺りまで捲くってある。
首には大粒の赤いボールネックレスに、同じ色の大きめなバングルを腕につけていて、髪は無造作にハーフアップにしてあった。
か!可愛い!!!
手にシャネルのボストンバッグを持っていることを目ざとく綾子が見つけると、「ふ~ん、なるほどね♪」と目を細め、俺に含み笑いを寄越してきた。
そしてわざとらしく手を打つと、「あ!あたしコンビニに行く予定だったわ。じゃね~お二人さん」と行ってしまった。
「ま、待て!綾子!」
何を納得したんだ!俺は綾子を呼び止めるつもりで声を掛けたが、
「部長はこっち」と言って柏木さんに首根っこを掴まれ、エレベーターにずるずる引きずられていく。
「か、柏木しゃん…あやこぉ~」