Fahrenheit -華氏-
「木下リーダーにバレたかも??ってまだ言ってなかったんですか?」
椅子に腰を降ろし、パソコンの電源を入れながら柏木さんが口を開いた。
時間が早いせいか、フロア内には俺たち以外誰もいない。
パソコンが立ち上がるブンっと機械的な音だけが響いている。
「…だって、マズイだろ?同じ部署だし、隣の席だし…」
柏木さんは俺の方へ顔を寄せると、ちょっと目を細めて俺を覗き込んできた。
長い茶色い髪が胸の前で揺れて、シャンプーのいい香りが漂ってきた。
俺は……
柏木さんのこのシャンプーの香りが好き。
以前バスルームを借りたときに見たけど、彼女が使っているのは見たことのない海外製のものだった。
「私はてっきり話してるものだと思ってましたよ。賭けのときみたいに」
意地悪く笑って、柏木さんは席に戻っていった。
シャンプーの香りが遠ざかる。
俺はバツの悪い苦い表情を浮かべて、その様子を見送った。
まだ覚えてたのネ……
ってか、柏木さんて意外と根に持つタイプ??
忘れかけていたときに、グサリときたぜ。
立ち上げのパスワードを入力しながら柏木さんが俺を振り向いた。
にこっ。と笑っている。
キュ~ン!!
やっぱダメ!この笑顔にとことん弱い俺!!
「すみませんでした!!」
俺は両肘に手をついて、頭を深々と下げた。
俺、このままだと一生柏木さんに頭が上がらないなぁ。