Fahrenheit -華氏-
しばらく当てもなくふらふらと歩いていた俺たちだが、瑠華が旅行会社の前でふいに足を止めた。
色とりどりのパンフレットが綺麗に棚に並べてある。
瑠華と旅行……
「行きてぇな」なんてぼそりと呟くと、
「あたしも行きたいです」と言葉が返ってきて、彼女は俺を引っ張ってパンフレットの陳列してある棚まで歩いていった。
「北海道の蟹、長野県の信州蕎麦、浜松のうなぎ、京都の湯豆腐、大阪のたこやき、香川の讃岐うどん、徳島の阿波尾鶏、福岡の博多ラーメン、沖縄の……ゴーヤ?…啓は何がいいですか?」
何が……って、全部食べること!?
この人ってそんなに食べること好きだっけ??
「うーん…」
唸りながらパンフレットを見ると、ふいに俺の目に“さわやか信州旅”という文字が飛び込んできた。
「……軽井沢…なんてどうかな?」
「軽井沢?そう言えば前にも言ってましたね」
瑠華は首を捻っている。
軽井沢、と聞いて瑠華が何にも反応しないところから…やっぱ俺の初恋の人は瑠華じゃないのだろうか………
まぁ、そうでも別にかまわないけど…
だって俺が今付き合ってるのは柏木 瑠華という女であって、彼女が誰であろうと俺はきっと恋をしていだろうから!
「軽井沢……ワインがおいしいみたいですね」
瑠華がパンフレットを一部取り出すとぺらぺらとめくった。
やっぱ飲食系に走るのね。
「いいですね。じゃ、計画たてましょう」
ちょっと微笑むと、彼女はパンフレットをバッグにしまった。
やた♪瑠華と旅行☆
まるで今までの不調が嘘のように、トントン拍子に話が進んでることに嬉しさ半分、逆に何かありそうで不安半分ってとこだ。
でもでも!
やっぱり嬉しくて。俺はにこにこしながら自然に瑠華の手を取り、歩き出した。