Fahrenheit -華氏-
「あつ…ちょっと汗かいたかも…」と言って瑠華が軽く腕を上げた。
その拍子に瑠華の白い腕に目が留まった。
あのケガをして絆創膏を貼ってあった場所だ。
俺は無言で瑠華の腕を取ると、白くて柔らかい内側の腕をそっと手でなぞった。
その場所の傷は僅かに横線が二本入っているものの、良く見ないと分からない程度に傷跡が薄まっている。
瑠華は彼女らしくない乱暴なやり方で俺から腕を抜き取ると、その場所をまるで隠すかのようにもう一方の手で覆った。
「あんまり…見ないでください」
泡沫の幸せで、俺は現実を忘れかけていた。
だけどリアル過ぎる現実は忘れることはできても、決して消えることはない。
いつまでも俺の目の前にぶら下がっている。
マックスは―――あの男はいつまで瑠華を傷つけるのだろう。
いつになったら彼女の中から消えてなくなるのだろう。
そんな不安を押し隠すために俺はぎゅっと瑠華を抱きしめた。
瑠華も俺の首に腕を回してそっと囁いた。
「啓は―――あたしのこと“幸せにする”って言いましたよね」
「え…?うん……」
「あたしその言葉嫌いなんです」
冷静すぎるほど据わった声を聞き、俺は目を開いた。