Fahrenheit -華氏-

「あつ…ちょっと汗かいたかも…」と言って瑠華が軽く腕を上げた。


その拍子に瑠華の白い腕に目が留まった。


あのケガをして絆創膏を貼ってあった場所だ。


俺は無言で瑠華の腕を取ると、白くて柔らかい内側の腕をそっと手でなぞった。


その場所の傷は僅かに横線が二本入っているものの、良く見ないと分からない程度に傷跡が薄まっている。


瑠華は彼女らしくない乱暴なやり方で俺から腕を抜き取ると、その場所をまるで隠すかのようにもう一方の手で覆った。


「あんまり…見ないでください」


泡沫の幸せで、俺は現実を忘れかけていた。


だけどリアル過ぎる現実は忘れることはできても、決して消えることはない。


いつまでも俺の目の前にぶら下がっている。




マックスは―――あの男はいつまで瑠華を傷つけるのだろう。


いつになったら彼女の中から消えてなくなるのだろう。


そんな不安を押し隠すために俺はぎゅっと瑠華を抱きしめた。


瑠華も俺の首に腕を回してそっと囁いた。


「啓は―――あたしのこと“幸せにする”って言いましたよね」


「え…?うん……」







「あたしその言葉嫌いなんです」






冷静すぎるほど据わった声を聞き、俺は目を開いた。




< 570 / 697 >

この作品をシェア

pagetop