Fahrenheit -華氏-
彼女は―――瑠華は…マックスとの結婚で、色んな嫌な思いをした。
辛いことも、悲しいことも、苦しいことも―――死にたくなるほど絶望的になる思いも乗り越えてきた。
やっと掴んだ平穏を、俺が崩すわけにはいかない。
もちろん結婚するからには、彼女を世界一幸せな奥さんにする自信はある。
だけど、それ以上にその一歩を踏み出す勇気が彼女には欠けているのだ。
彼女の一歩はとてつもなく大きいもので、それに見合う勇気とエネルギーが必要だろう。
でも俺は決めた。
どんなことがあっても彼女の手を離さないことを。
俺は誓った。
桐島の結婚式で。
愛することの大切さを―――
「部長は……啓は、あたしが六本木のタワーマンションに住んでると聞いて、どんな想像しました?」
突然問われ、俺は他の場所まで遠のいていた意識を呼び戻した。
「え゛?」
「正直に言ってくれていいですよ。どう思いました?」
瑠華が暗くした部屋の中で目を光らせているのが分かった。
実際暗くて彼女がどこを見てるのか、なんてわかりゃしないのに、それでも彼女がじっと俺の目を見据えていると思ったんだ。
「……あ、まー、あれだね?パトロンでもいるのかな?って…」
それと不倫相手の手切れ金…どっちかだって俺と裕二は踏んでたわけだけど…
そんなこと瑠華に言えるわけないよなぁ。