Fahrenheit -華氏-
「昨日、中目黒の東山一丁目の交差点にあるコンビニの前歩いてたよね。
男と二人で。デートだったら病欠なんて言わずに普通に有給とればよかったのに」
皮肉たっぷりに言ってやると、緑川はびっくりしたように顎を引いた。
「見て……たんですか…?」
「偶然ね。あれ、彼氏?」
「……違います」
緑川は俯いて、ストローに口をつけた。
「随分仲良さげに見えたけど?じゃ、彼氏候補?」
「違います」
「俺にとっちゃどっちでもいいけど。彼氏でも彼氏候補でも。でもそう言う男が居るんなら、俺にちょっかいかけないでくれよ」
俺の言葉に緑川はぱっと顔を上げる。
その顔には明らかにムッとしかめた、怒りの表情が浮かんでいた。
「違うって言ってるでしょう!!」
バンっとテーブルを叩く。
俺はびっくりした。そして周りにいる客も。何事か、こちらをちらりと見て、俺と目が合うと慌てて視線を逸らす。
「ご、ごめんなさい……」
急に気弱になって、緑川がしゅんと肩をうな垂れた。
な…何だってんだよ。
俺が口が悪いのは今に始まったことじゃないだろ?
そう思いながらも、
「いや…俺も悪かった……」
何となくバツが悪くて、俺はまたもそもそとサンドイッチに口を付けた。
今度こそ本当に味なんて少しも感じなかった。
せっかく、旨いと瑠華が教えてくれた店のランチなのに…
こうなったら早く食って退散するに限る。
そう思って急ぎめで口を動かしていると、向かいの席でオレンジジュースを飲んでいた緑川がおずおずと口を開いた。