Fahrenheit -華氏-
「み、緑川さん?大丈夫だよ!拭けばそのうち乾くから」
「いえ!そんなわけには行きません!!」
強引に言って、俺の腕を引っ張った。
なるほど…焼酎をこぼしたのはわざとか……
トイレに行って二人きりになろうって作戦だな。そうは問屋が卸さないぜ。
「大丈夫だから。落ち着きなさい」
俺は冷静に言って緑川を見据えると、反対側の瑠華の手を握った。瑠華の手にはおしぼりが握られている。
アルコールが入ってるせいかな?
今の俺はちょっと大胆だ。
手を握られた瑠華も、それを見た緑川もそれぞれが違う心境でびっくりしている。
「おしぼりで拭けば大丈夫。君が気に病むことはない」
そう言って瑠華の手を引いた。
「…あ、じゃぁこれを……」と瑠華がおしぼりを俺の膝に置く。
「ありがとう、柏木さん」俺はちょっと苦笑いを漏らして、彼女の手をゆっくりと離した。
本当はもっと握っていたかった。もっと繋いでいたかった。
でも…そうは問屋が卸させてくれなさそうだ。
緑川は面白くなさそうに俺の膝の辺りをじっと睨んでいる。
微妙な空気が流れても、俺はその空気を払拭させようとはしなかった。
「部長…わぁ水も滴るいい男…ですかぁ?」と佐々木が俺を覗き込んでくる。
「何だよ。じゃぁお前もかぶるかぁ?」
冗談めかして笑うと、「遠慮します」と佐々木も笑い返してきた。
こいつはこいつなりに気を遣ってくれたみたいだ。
そんなわけで、俺たち外資の人間はまた固まってお喋りをする羽目になった。