Fahrenheit -華氏-
どこかから聞きつけたんだろう、早い段階で桐島が新しいおしぼりを手にテーブルにやってきた。
緑川と俺……そして瑠華を順繰りに見やると、ちょっと苦笑いを浮かべた。
「啓人、水も滴る…」
「いい男だろ?」
「はいはい」そう言いながら、桐島は俺におしぼりを手渡し、そして去っていった。
あいつにも色々と気を遣わせちまったようだ。
「ホントにすみませんでした」と緑川がめずらしくしおらしくうな垂れている。
お前の演技に騙されんぞ!
と思いつつも、「いいって。気にしないでよ」と何とか笑顔を浮かべる。
その後は佐々木も交えて、世間話に興じていた。
当たり障りのない、くだらない会話だ。俺と佐々木は無駄なぐらい良く喋った。
瑠華は相変わらず無言だったし、まぁ元々口数の少ない人だからこれは仕方ない。
緑川はあからさまにつまらなさそうにしている。
十分ほど話をしたところで、緑川がスカートのポケットから携帯を取り出した。
ってか、会社の飲み会で携帯見るなよ!常識だろ?
左上のランプがちかちかと点滅している。
おもむろに携帯を開くと、緑川が小さく息を呑んだ。そしてきょろきょろと辺りを見渡し、何もないことを確認すると、額を押さえた。
その様子があまりにも不審だったので、俺はちょっと訝しんだ。
「何?家からの連絡?何かあった?」
緑川は慌てて携帯を閉じると、「いえ、何でもありません」と言い携帯を再びしまう。
そして目の前のカクテルをぐいと煽る。
緑川らしからぬ、余裕のない表情だった。