Fahrenheit -華氏-
それからも俺と佐々木のお喋りは続いた。時々瑠華に振ったりして、場を和ませる。
しかし緑川は……
さっきからカクテルを勢い良く飲んでは、グラスをテーブルに置き、何やら神妙な顔つきで考え事をしている…ように見えた。
あまりにも普通じゃない様子に俺たちもあまり話題を振れなかった。
やがて緑川は口元を押さえると、
「すみません。ちょっと酔ったみたいで…」と顔を青くさせ、のろのろと席を立った。
「大丈夫ですか?」と珍しく瑠華が緑川を気にかけている。それぐらい緑川の様子がいつもと違ったのだ。
「…大丈夫です。ちょっとお手洗いに……」
ふらふらと席を離れると、よろける足取りで緑川は個室を出て行った。
「…大丈夫ですかね」佐々木が心配そうに緑川の出て行った出入り口に視線を送る。
俺も何となく視線を向け、それでもどうすることもできずに
「戻したらすっきりするかも。ちょっと様子を見よう」と結論を出した。
緑川の居ない間、俺たち三人は変わらず会話を楽しんでいた。(瑠華はどうなのか知らないケド)
10分ほど経ったとき、瑠華が立ち上がろうとした。
「私、ちょっと緑川さんの様子見てきます」
瑠華は……
本当は心優しい女だ。それは充分かっていた。
明らかに様子のおかしい緑川を放って置けない性分なのも、分かる。
だからこそ、様子のおかしい緑川のところに行かせるわけには行かなかった。
緑川が瑠華に何を言うか分からない。瑠華を傷つけるかもしれない。
俺は瑠華が立ち上がろうとしているのを、手で制した。
「部長…?」
瑠華が訝しげに眉を寄せる。
「俺が…俺が見てくるよ」