Fahrenheit -華氏-
トイレは店の奥にある。
入り組んだ廊下を歩いていると、トイレの前で若い男女が話し込んでいた。
女の方は確かめることでもない、緑川だった。
男の方は―――?
若い…おそらく二十歳ぐらだろう、ちょっと甘い顔立ちの背が低い男だった。
緑川は困ったように手振り身振りで何かを話し、男の方は彼女を宥めるように肩に手を置いていた。
何だ……?知り合いか?
酔っていたように見えたから心配だったけど、そうじゃないみたいだから、俺は踵を返した。
何だ、心配して損したぜ。
そう思いながら戻ろうと、一歩歩き出したとき
「部長―――?」
と緑川が俺を呼び止めた。
無視するわけにはいかない。
俺は面倒くさそうに振り返り、ちょっとため息を吐くと緑川を見た。
緑川は余裕のない表情で眉を寄せている。
いかないでください。
そう言われてる気がした。