Fahrenheit -華氏-
■Apprehensio(不安)
何で俺は振り返ったのだろう。そして何で緑川に話しかけたのだろう。
このあとの出来事を思うと、この時点でやめるべきだったんだ―――
「緑川さん?具合悪そうだったけど大丈夫?柏木さんも心配してたよ」
「あ…はい。大丈夫です…ご心配おかけして…」
緑川は気弱そうに俯いた。
「葉月…会社の人?」
男の方が口を開いた。“葉月”と名前を呼んだところから、緑川と親しいのだろう。
「えっと…」緑川はちょっと迷ったように言葉を濁し、そしてゆっくりとした足取りで俺の方に歩いてきた。
そして俺の腕に自分の手を絡める。
え…?ちょっと…
「あたしの―――彼氏」
な!何言い出すんだーーーー!!!
くらり、と目の前が真っ暗になった気がした。