Fahrenheit -華氏-
「部長?」
「これでここの支払い済ませておいて。あと終わったらタクシーで柏木さんを送ってくれ。そのままお前もそのタクシーで帰ればいいから」
「私は大丈夫ですよ。一人で」瑠華が言い出す。
「夜も遅いし、佐々木に送ってもらうのが一番だ。一人だとやっぱり危ないから」
敢えて俺は強めに言った。
二人はその言葉に反対はしなかった。
本当は瑠華を佐々木と二人きりにしたくなかった。
単純に嫉妬もあるが、佐々木がさっき手を繋いでいたことをあれこれ瑠華に聞いてくると思ったからだ。
でも夜も遅い。仕事とはまた別だし、佐々木もこう見えて男だ。こいつに送ってもらうのが一番いい。
佐々木が表に出て、タクシーを拾う。緑川はぐったりとソファに体を預けている。
俺は瑠華に、「あとで連絡する」と小さく耳打ちして、タクシーがつかまったのを聞くと、緑川を支えて店を出た。
いつもと明らかに様子の違う緑川を送っていく判断は正しかったと思うけど、俺たち二人の背中を見送る瑠華の顔が
不安そうに歪んでいたことを
俺は気づかなかった。