Fahrenheit -華氏-


俺に支えられ、それでも何とかリビングに移動すると、緑川はソファにどさりと体を埋めた。


そのまま放置も人としてどうかと思われたので、俺はキッチンに行って水を用意することにした。


関わってしまった以上、最後まで面倒みる必要があるからな。


ったく!何で俺がこいつの面倒みなきゃならねぇんだよ。一刻も早く瑠華に連絡したいって言うのに。


ぶつぶつ思いながらも冷蔵庫を開けると、2Lのペットボトルにミネラルウォーターがあった。レースのクロスが敷かれた食器棚からグラスを一つ取り出すと、水を注ぎいれ、それを緑川の下へ持っていく。


「大丈夫か?これ飲んで」


「…はい。すみません」緑川は素直に俺のグラスを受け取った。


それを一気に飲み干すと、また力なくソファに逆戻り。


これ以上、何もできない俺は、


「……それじゃぁ」部屋の電気を消して帰ることを決意。


暗い部屋を一度振り返ると、緑川がちょっとだけ顔を上げた。


「あたし……柏木補佐に酷いことを……」


涙声で呟く緑川。


何だ…自覚してんのかよ。だったら何で瑠華に対してあんな酷い態度なんだよ。


「……柏木補佐きっとあたしのこと恨んでますよね。すみませ…すみませぇん」とひっくひっくと嗚咽を漏らす緑川。


嘘泣きじゃなくて、本当の涙なんだろう。酒が入ったからなのか、いつもより素直だ。


不気味なぐらい。


だけど


何だか放っておけなくて、俺は再び部屋の電気を点けた。







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