Fahrenheit -華氏-
明かりをつけてようやく部屋をはっきりと見る余裕が出来た。
淡いピンクを基調としたいかにも女の子という部屋だ。
独り暮らしなのだろう。家具も、小物も緑川が好みそうなもので統一されていて小綺麗にしてあった。
広いリビングだった。キッチンも廊下も。普通のOLには到底手が出ないような造りだ。きっと父親名義なんだろうな。
そんなことをぼんやり考える。
少し泣き止んだのか、緑川は鼻をすんと鳴らし、のろのろと起き上がった。
俺は近くのダイニングテーブルに腰掛けている。
緑川は涙を拭うと、くすんだ目を俺に向けてきた。
「……さっきの…居酒屋のトイレの前に居た人は……あたしの元カレです」
だろうなぁ。
俺が返事を返さなかったのをどう解釈したのか、緑川は更に続けた。
「あたしの二つ下で…一年前まで付き合ってました」
「どうして別れたの?って言いたくなきゃいいけど…」
緑川は小さく息を呑んで呼吸を整えると、まっすぐに俺を見てきた。
「彼に好きな人ができたんです」