Fahrenheit -華氏-
部屋は静か過ぎる程静まり返っている。
このマンション自体一本裏に入ったところに建っているからということもあるけど、壁自体厚そうだ。
壁にかけたピンク色のハート型をした変わった時計の、秒針が刻むカチコチと言う音だけが妙に部屋に響く。
「大学生だったタケちゃんは当時、ドラッグストアでバイトをしていて、相手はそこに居た化粧品とかのビューティーアドバイザーでした。
綺麗な人で、仕事一筋の、柏木補佐みたいな人だったんです。そう思うと、何だか顔も柏木補佐に似ているようで…」
なるほど……ね。
「んで、タケちゃんとやらはその女の人とうまく行ったのか?」
緑川は首を横に振った。
「共通の知り合いから聞いたけど、付き合ってはいないみたいです。タケちゃんの完全な片思いだったみたいで。それにタケちゃんの方がだいぶ年下だったみたいだし…」
ふぅん。どこもうまく行かないもんだな。
「でもま、それでちょっとは気持ちが晴れたんじゃない?」
緑川はぱっと顔を上げ、ここに来て初めて顔に笑顔を浮かべた。
「意外です。部長なら好きな相手の幸せを願える人だと思ったから」
俺はちょっと肩をすくめた。
「そんな風に言うやつもいるけど、そんなの偽善だ。好きな相手が自分を見てくれなきゃ意味がねんだよ」
心が狭いかもしれないけど、相手が幸せになっても、俺は?俺の幸せはどこにある??そう問いかけたくなる。
好きって気持ちはそう言うもんだろ?
相手の気持ちを支配して、自分だけを見ていて欲しいと願うのが常だ。
自分勝手かもしれないけど、恋とはそういうもの。
俺は瑠華と付き合って痛い程痛感している。