Fahrenheit -華氏-
■One's sense(本心)
だから緑川はこのところ不調だったのだ。飲み会に居合わせたのは恐らく偶然だろう。
どこかで緑川を見かけた元カレは、緑川にメールを寄越した。
それで緑川がトイレの前まで出向いていったというわけだ。
俺にカレシの振りをさせたのは、吹っ切るため?それともそいつをギャフン(←死語??)と言わせるため??
それで緑川はあいつのこと忘れられるのだろうか…
いや、そんな気がしないな…
きっと元カレからまた連絡がくるに違いない。連絡が来たらまたほいほい会ってしまうに決まってる。
どうしてだろう。ひたすら喋り続けているのは緑川の方なのに、俺の方が喉が乾いてきた。
9月とは言えまだ蒸し暑いのに、部屋は来たときのまま。エアコンもかかっていない部屋で、じっとりと汗が浮かんでくる。
俺はスーツの上着を脱いで、ネクタイをちょっと緩めた。
「緑川さん、悪いけど、ちょっと水貰える?」
「…え…あ、はい!すみません、あたし気づかなくて……」
「………いいよ。気にするな」
俺はちょっと笑った。そうしないとまたいつ緑川が泣き出すと限らないから。
緑川はのろのろした足取りで、キッチンへ消えていった。
そしてすぐにコップに入った水を持ってきた。
「…どうぞ」
そう言って手渡されたコップが緑川の手から離れる。俺はそのコップをしっかり握った。
「もう―――その手には乗らないよ?」
喉の奥で低い声がそう答えていた。