Fahrenheit -華氏-
「馬鹿にしないでよ!!」
静かなその部屋に緑川の悲痛とも言える叫び声は響き渡った。
叫ぶと同時に、両目からぽろりと涙の雫がこぼれる。
「…………」
俺は無言で、立ったままの緑川を見上げた。
TR…
TRRRR……
俺の上着の中で携帯が鳴った。
音のない空間で、何もかもが偶像に思えたが、その音だけはやけに現実味を帯びている。
「ちょっと失礼」冷静過ぎる程に言って、俺は携帯を開いた。瑠華と同じ機種の携帯だ。
何で今になって意識したんだろう。
あとになって思えば、それが予感であったことに間違いない。
着信:瑠華
となっていて、俺は目を開いた。
何て間が悪い……
俺はちょっと顔を上げて緑川を見ると、その視線を携帯に落とした。
視線が険しくなるのは隠し通せなかった。
携帯の着信音は静かな部屋に鳴り響いている。
出るべきか、出ないべきか……
「出たら?」
緑川がちょっと自嘲じみて笑った。狂気の狭間で歪んだ笑みのように見える。
俺は再び緑川を無言で見上げた。
「出たらいいじゃない!!彼女からなんでしょ!!?」
その言葉をきっちり聞き終わらないうちに、俺はピッとボタンを押した。
電源ボタンだ。
そのままぐっと指に力を込めると、俺は電源ごと切った。
まるで、二人の世界……この言い知れぬ歪んだ世界から外界を断ち切るかのように。