Fahrenheit -華氏-
俺の問いかけに、緑川は目を開いてじっと俺を凝視していた。
頬を伝った涙が乾き始めている。
「…そ、そんなこと……」
緑川は困惑したように眉を寄せ、俺を見下ろす。
俺は腰を上げた。
決着のときが近づいてきている。
俺は緑川とどうにかなる気がなけりゃ、彼女と結婚する気なんて毛頭ない。
だったら、今はっきりさせておくべきじゃないか。
「俺はタケちゃんじゃないから、彼の代わりにはなれないし、ついでに言うと柏木さんもタケちゃんを奪っていった女じゃない。
いい加減気付くべきだ」
俺は上着を掴むと、緑川の横をすっと通り抜けた。
脱力しきった緑川が今更何かを喚くことはないと、踏んでいた。
すれ違うときに俺は緑川の肩にぽんと軽く手を置き、ほんの少し苦笑を彼女に向けた。
「いつか君だけを愛してくれる男が現われるはずだ。タケちゃんなんて忘れて、早く新しい恋をした方がいい」
緑川が小さく息を呑んだ。
ぎゅっとスカートを握る手に一段と力が込められた……ように見える。
「……あたしは……」
緑川が何か言いかけて、俺は彼女に顔を寄せた。小さくて聞き取れなかったから。
「あたしは部長がいいの!」
大声で言うなり、緑川がばっと俺に抱きついてきた。