Fahrenheit -華氏-
俺は忘れていた。
緑川が予想もできない行動に出る女だということを。
「緑川さん!わっ!ちょっと!!」
不意打ちに、しかもかなり力強くまるでタックルのように体をぶつけてきた緑川を避けようと、だがしかし間抜けにも足を滑らせた。
ドタっン!!
派手な音を立てて、俺は緑川に倒された。
「いってー…」
冷たいフローリングで背中と腰をしたたか打った。
打った背中や腰がズキズキと痛む。盛大に打ち付けたようだ。
冗談じゃねぇ!俺を殺す気か!!
そう思って睨もうとしたが、それより一足早く緑川が俺の襟を乱暴に掴んだ。
一緒に倒れこんだ緑川が俺の上に乗りかかる形になっている。
「部長に…何が分かるんですか!?あたしが部長にタケちゃんを重ねてるって、あたしが部長を嫌いだなんて決め付けないでください!!」
興奮したように緑川が叫ぶ。それと同時に俺の首が絞まった。
苦し……
マジで殺されっかも。
「分かった。俺が悪かったから」気道が詰まってろくに息もできない。俺は何とか言うと、緑川の両腕を引き剥がそうとちょっと力を入れた。
緑川の手が緩んで、襟元が開放された俺は盛大に咳き込んだ。
ゲホゴホッ…
そこでようやく、緑川は自分が何をしたのか、また、ことの重大さを理解したようだ。
マジで殺人未遂だぜ。
「……部長……ごめんなさい」
緑川は俺の上でまたしくしくと泣き出した。