Fahrenheit -華氏-
びっくりした。
予想もしていなかった言葉だったから。
ああ…そう言えば傷、あったね。瑠華に指摘されて、俺はここに来てはじめて緑川に殴られたことを思い出した。
あいつ…思い切りやりやがって…
忌々しそうに唇を噛んでいると、瑠華はマイペースにテーブルに散らばった空き缶を片付け始めた。
「シャワー浴びてきます?」
空き缶を片付けながら、瑠華が切り出した。
俺の方を見ずに、黙々とテーブルの上を片している。
「いや…それより話を……」
「とりあえずシャワー浴びてきてください。緑川さんの香水きつい」
整った横顔。さらりと落ちた髪を形の良い耳に掛けながら、瑠華は無表情に言った。
サーーー……
俺の顔から血の気が失せる。
やばい!!こりゃかなり怒ってるよ!
「る、瑠華ちゃんも一緒に……」
「あたしはさっき入りました。行って来て下さい」
「ゆっくりバスタブにつかりながら、お話しない?」俺は冷や汗をかきながら、両手の先でリビングの向こう側を差した。
瑠華がのろりと顔をあげる。その目に険悪な光が漂っていた。
バックのロミオとジュリエットが、それはそれは恐ろしい音を奏で、瑠華の心境を現しているようだ。
「Be gone.(行け)」
はい!!わかりましたぁ!
俺は敬礼するふりをして回れ右をした。
だめだ!かんっぜんに怒らせた!!!