Fahrenheit -華氏-
「てめっ!魂胆見え見えだぜっ。柏木さんを待ち伏せするつもりだな」
「てめぇもなっ」
ど突き合いながら、競争するようにトイレへ続く廊下に来る。
「悪いな、俺が先に目をつけたんだ」
俺が裕二の頭を押さえる。
「先も後もあるかっ」
裕二は俺のネクタイを掴んで引っ張った。
一つしかないトイレの前で待っていた二人組みの女が、びっくりしたように俺たちを見上げてくる。
ガチャっ
ドアが開いて中から柏木さんが、きっちりアイロンが施された淡い色のハンカチで手を拭いながら、出てきた。
そして俺たちを見上げると、ちょっとびっくりしたように目を開いて、
「そんなに切羽詰まってたんですか?」
と静かに言い放った。
「…い、いやぁそう言うわけじゃ…ちょっと…ね」
バツが悪そうに俺たちは揃ってへらへら笑った。
「…そうですか。二階にもお手洗いあるみたいですから、急ぎだったらそちらへ行かれては?」
「そ、そうね」
俺は曖昧に笑った。
柏木さんはマイペースにすたすたと行ってしまう。
みっともねぇ。
はぁ…俺、何やってんだろ。