Fahrenheit -華氏-


コホン


俺はわざとらしく空咳をして、


「あー…彼女ってのは、その……当の本人で……」


『本人?って誰よ』


「だぁかぁらぁ柏木さん!彼女と来てるの!!」


そこまで言わすなよ!ってか気付け!!


『か、柏木さんん!!!!』


裕二の声は、携帯を壊すかのような勢いで響いてきた。


俺の鼓膜が破れるかと思うぐらい。


顔をしかめて思わず携帯を耳から離す。


『なになに!啓人が柏木さんと旅行!?』


遠くで綾子の声もする。


くらっ…


俺は眩暈を感じた。


当の本人、瑠華は楽しそうにちょっと笑うと、近くに来ていた犬(小さなチワワ)を見つけ、さっとしゃがみ込んだ。


『なぁに、あんたらいつの間にそう言う仲になったのよ!教えてくれたって良かったじゃない』


綾子の声が聞こえた。どうやら裕二の携帯を奪ったらしい。


って言うか、お前らもこの時間二人で居るってことは……


うげぇ。想像したくねぇ。


自分の想像に気持ち悪くなり、俺は思わず口元を覆った。





「んー…まぁ何となく言いそびれて?」


『返せって』裕二の声が再び聞こえて、『んじゃ心配することなかったな。昨日お前飲み会だったじゃん?緑川さんとどーにかなってるんじゃないかと思ってたからさ』


とケラケラと笑いながらも、ありがたぁいご心配のお言葉をかけてくれた。


まぁ、ちょっとは……ありそうだったケド…


俺はちょっとため息を吐きつつも、






「何もねぇよ。ってか俺が好きなのは瑠華一人だけだ」






とはっきりきっぱりと言い放った。





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