Fahrenheit -華氏-
さすがに親父の別荘も何年も使っていないし、使えるかどうかも怪しいもんだったから泊まる場所としては俺は最初から頭に入れていなかった。
軽井沢駅に到着すると、俺たちはとりあえず今晩泊まれるホテルを探すことにした。
数件回ったのち、運よくダブルの部屋が一部屋空いてるということで今晩の予約を入れ、そこからまた車で移動することにした。
瑠華の希望通り、最初は旧三笠ホテル。
ホテルとは言っても実際に泊まれるわけじゃなく、明治時代に設計された洋風の建物で今は国の重要文化財として指定されている。
二階建ての建物で、客室やらロビーやらを公開してある。神戸で言う異人館みたいなものだ。
古い板張りを歩くと、年代ものの足音が響いた。
廊下の突き当たりにこれまた年代物の洋風カウチが置いてあって、ちょっと洒落た窓から光が差し込んでいる。
瑠華は窓の外の景色を眺めながらゆっくりと歩き、右から左へと移動していた。
窓から差し込む逆光で、彼女の姿を幻想的に美しく浮かび上がらせる。
俺はちょっと離れたところでデジカメを構え、その一瞬をカメラに捉えた。
シャッター音に瑠華が気づき、恥ずかしそうに俺の元へ歩いてきた。
「何撮ってるんですか」
「何って瑠華ちゃんだよ♪綺麗だったからさ~」
そう言って、俺はさっき撮った写真を瑠華に見せる。
カメラを覗き込みながら「恥ずかしいですよ」と顔を赤らめる瑠華。
傍から見たらラブラブカップルに見えたのかな?
親切な観光客のおばちゃんが、
「二人で撮ってあげるわよ~」なんて申し出てくれたので、一枚お願いすることにした。