Fahrenheit -華氏-
「俺はファンサービスいいよ♪チューしちゃう」
そう言って、手を引くと瑠華は俺の口に手を当て「困ります!」と俺をちょっと睨んできた。
「すみません。調子こきました」
素直にうな垂れてる俺の手を握り、「次はタリアセンのペイネ美術館?」とマイペース。
このツンデレに、とことん弱い俺…♪
タリアセンとはウェールズ語で“輝ける額”。その名の通り、この土地一帯はまるで額縁に収まった一枚の絵画のように美しい。
色とりどりの花々。太陽の光りを受けてきらきらと輝く塩沢湖(シオザワコ)。
湖にかかる木の架け橋。ミュージアムなどの点在する建築物も、まるでおとぎの国に出てきそうなお洒落で可愛い建物だった。
ゆっくりと歩く瑠華は、さながらその絵画に登場する人物に見える。
歩きながら、俺はやっぱり瑠華の写真を撮った。
新しい記憶を刻むように。
俺たちが二人で居たことを未来に物語っていくように。
そして歳をとって、懐かしく穏やかに眺められるように。
瑠華の行きたがっていたペイネ美術館もここにある。
シーズンから少しだけ離れたからかな。観光客もまばらで、ゆっくりと回れそうだ。
レイモン・ペイネはフランスの画家で、この美術館には「恋人たち」をモチーフにした彼の作品の原画やリトグラフが展示してある。
特に瑠華は「愛の休日」がお気に入りらしく、その作品の前でじっと佇んでまじまじと作品を見ていた。
遠くの方で子供の声がする。
「じっとしていなさい」と母親が子供を叱る声も。
まぁ美術館だし?子供にとっては退屈だろうな。俺も小さい頃ああやって叱られたっけ?
今、瑠華の周りをうろうろしたら、今度は彼女に叱られそうだ。
だから大人しくじっと彼女に付き合うことに決めた。
だけど俺もそれほど美術には興味がない。早朝からの運転で、疲れもあったのか思わず欠伸が洩れる。