Fahrenheit -華氏-
俺はちらりと瑠華を見た。
彼女は店主にワインの説明を受け、熱心に彼の話に耳を傾けている。
変にこそこそするのもおかしい。
俺は瑠華のすぐ傍で、別段声を低めることなく普通に喋った。
「どうした?急な用件?」
『…いえ、昨日はその…本当にすみませんでした』
「そんなこと良いのに」
緑川め。また何か企んでるのか?
『あたし昨日はだいぶ酔ってたみたいで…朝、目が覚めて昨日のこと思い出したら……』
そのあとの言葉を緑川は飲み込んだ。
ええ、ええ。君は昨日すっごいことをしましたよ。
レディーキラーの俺ですら、ビビッちまうぐらい大胆に。
「啓、これおいしいです。啓もどうですか?」
瑠華がグラスを持って俺に近づいてきて、俺が電話をしていることに気づくとはっと口を噤んだ。
いや、いいんだけどね。別に…
でも、聞こえたよな?瑠華の声……
『…今、柏木補佐の声が…』
やっぱり―――!!!