Fahrenheit -華氏-
俺たちは二人寄り添って一番前の椅子に腰掛けた。
そこから眺めるステンドグラスはとても幻想的で美しく、柔らかな光を湛えていた。
きっとこの教会の裏に街灯が灯っているのだろう。
青や赤、紫に黄色、まるで波のような色に包まれ、俺たちはただ黙ってそのまま過ごした。
誓いの言葉なんていらない。
指輪の交換なんていらない。
確かなものなんて何一つないけれど、こうやって二人手を繋いでれば、何だって乗り越えられる気がした。
ただ手を繋いで―――このままときが止まってしまえばいいと願う。
愛する人とこのまま二人―――
~♪「How do you solve a problem like Maria?
(どのようにマリアを扱います?)
How do you catch a cloud and pin it down?
(マリアを扱うのは雲を捕まえるより大変)
How do you find a word that means Maria?
(マリアにぴったりの言葉は?)」
瑠華は静かに口ずさんだ。
それは幼き頃、映画で見たサウンドオブミュージック、『Maria』の歌の一説だった。
確か、主人公のマリアがトラップ大佐と結婚式をあげるとき、彼女の育った教会のシスターたちが揃って大合唱するシーンだ。
「歌、うまいじゃん」俺はちょっと笑った。さすが帰国子女。
滑らかな英語が心地いい。
「あたし、このシーンが大好きでした」
口ずさむのを止め、瑠華がじっとステンドグラスを見つめながら静かに言い放った。