Fahrenheit -華氏-
柏木さんは自分の椅子に腰掛け、文庫本を読んでいた。
「か、柏木さん。もしかして…待っててくれたの?」
「別に待ってるつもりはありませんでした。ただ、ちょっと心配だったので」
「心配?」
俺が聞くと柏木さんはふいにほんのちょっとだけ顔を近づけてきた。
俺と柏木さんの距離がほんの少しだけ縮まる。
「部長、二日酔いはどうですか?」
「おかげさまですっきり。眠ったお陰かな?」
そう言えば頭が妙にすっきりしてる。あの独特の倦怠感もなくなっていた。
「そうですか、それは良かった。実はあの薬アメリカ製のものでして、私試したことがなかったので、部長が目覚めるかどうか心配だったんです」
アメリカ製?試したことがない?
「…それって、俺で実験したってこと?」
俺は顎を引いて柏木さんを軽く睨んだ。
もちろん本気でなく、ちょっと怒ったふりをしただけだ。
「冗談です。日本製のもので私が服用してる只の頭痛薬です」
そう言って柏木さんは、かすかに口元に笑みを浮かべた。
「部長って意外に素直なんですね。こんな冗談を真に受けて」
また……
笑った。
ほんのちょっとだけど、でも笑うと……
棘が抜けて、幼さが残る笑顔は、まるで花のように可愛い。
それに…俺が起きるまで俺のことを待っててくれた。
言う言葉は冷たいのに、本当は優しいんだね。
ドキン…
また…心臓が……
俺、変だ。