黒猫先生
猫は現れた
「とりあえず教科書捨てていいよ。
 僕の授業じゃあ使わないから」




これが、私が初めて聞いた先生の声だ。
教卓に向かいながら放ったその言葉は、クラス委員が号令をかけるよりも早く教室内を静まらせる。
ゆっくりと優しく、されどどこか裏を含んだ様に笑った教員は、だって、と続けた。
「だってさ、こんなの学力増加に繋ると思うわけ?君ら。
 僕はそうは思わないね。オエライサンが決めた参考図書に文章の成り立ち?
 そんなの押し付けじゃあないか」
ハハッと言う乾いた嘲笑が、明るい表情とは実に相入れない。
「僕はもっと、国語って自由だと思うわけ。
 だからさ、教科書なんて捨てちゃってよ」
最初に聞いた一言を再度繰り返した教員は、自己紹介も授業開始の合図も無いまま、無造作にプリントを前列の生徒へと配って行く。
若い見た目とは裏腹に、存外手付きが滑らかだ。私はてっきり、新任かそれぐらいだと踏んでいたので少し意外に感じる。
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