【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
あたしは、彼からマグネットボードを受け取り、それを消した上から自分の名前を書き綴る。
“此花 柚姫です”
「…ん?」
今度は彼にそれを渡すと、小さく唸り怪訝そうに眉をひそめた。
な、なんだろう…。
軽く心配になり、じっと彼の次の言葉を待つ。
やがて彼は、ふいと目を逸らしあたしの目の前にそれを突き出した。
あたしの名前が綴られた下に、小さく書かれていたのは。
“ごめん、なんて読むの?”
思わず、顔がほころんだ。
「わ、笑われた…。」
あたしが笑ったのを見て、耳まで真っ赤になりながら彼はそっぽを向いた。
その時の彼は、さっきまでの圧倒された雰囲気ではなく、普通の男の人みたいで。
全然怖くなくて。
可愛い、だなんて思ってしまう自分が確かにそこにいた。
あの日以来、鉛のようだったあたしの心が、彼との出逢いによってすごく軽くなっていっていたのは、紛れもなく事実だった。