【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
「よかった。ありがとう、柚。わがまま言ってごめんね?」
暁くん、笑ってくれてる。
暁くんがこんな嬉しそうにしてくれるなら、いっか。
「柚、だってお前…」
まだ何か言いたげな優兄。
きっと心配してくれてるんだね。
あたしは自分の口元に人差し指を当てて、しぃーってジェスチャーをする。
その途端、優兄はハッとした顔をして唇を噛んで黙った。
ごめんね、優兄。
あたしは、楽譜を預かってピアノに歩み寄る。
初見でどれだけ弾けるかはわからないけど、期待に答えられる程度には弾けたらいいけど。
浅く腰掛けて、そっと蓋を押し上げる。
…また、こんな風にピアノに触れる日が来るなんてね。
歌うのを止めてから必然的にピアノにも触れなくなって、音楽を避けるようになって。
…でも、これで最後にしよう。
これ以上は、その先を望んでしまいそうになる。
だから…―――。
ふっ、と息を吐き出して軽く鍵盤の上に指を滑らせる。
そして、ゆっくり指を沈めた。
―――…だから、もう二度と音楽には触れない。
そう心に決めて、一つ一つ惜しむようにあたしの指は鍵盤の上を踊る。
ああ、前に弾いたときよりも良くなってる。
温かくて、優しくて、じんわりと響く。