【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
♪ 怒りの矛先
「こんにちは。君が春日井 桃佳ちゃん?」
木曜日の、時刻は夕方四時近く。
俺は、いつも大切な女の子を迎えに行く高校とは違う高校に来ていた。
「えっうわ、はい…。そうですけど…」
俺がにこやかに声をかけると、その女の子は驚いたように顔を紅潮させ、上から下まで俺を眺めて、それから素直に頷く。
どうやら簡単に済みそうだ、と心の中でほくそ笑んだ。
「あの、失礼ですが…どちら様ですか…?どこかで会ったこととか…」
どうやら、バカではないらしい。
頬を赤らめ、潤む目を泳がせながらも警戒心を向けてくる。
「いや?初対面。そんなことより、君に大切な話があってここまで来た。少し、時間をもらえるかな。」
ピクッ、と微かに肩を跳ねさせ、視線を反らす。
「…もしかして、困らせてる?」
「いえあの…話というのは…」
「ここじゃ話しにくいから、場所を変えたいな。」
イギリスにいた頃によくやっていた、女の子を誘い出す手。
相手に好印象に見える甘い微笑みを向け、出来うる限りの色っぽい声を出す。
これで大概の女の子は誘えた。
柚には基本的、自然体でしか接したことはないけど。
「で、でも…」
予想よりも少し強情なようだ。
柚よりも高い背の彼女の耳元に、そっと口を寄せた。
キツイ香水の匂いに、顔をしかめながらも吐息混じりにとどめの一手を打つ。
「…なんの話か、なんとなくわかってるでしょ?俺じゃ不満かな?」
すぐに離れて顔を覗き込むと、真っ赤な顔で彼女はコクコクと頷いていた。
…落ちた、ね。
薄く笑った俺に、彼女は気付いてないようだった。