【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
「ああ良かった、焦げてない。危なく焦がすところだったわ。柚姫ちゃん、もう少しで出来上がるから待っててくれる?」
佐々原さんは明るい調子で言ったあと、鼻唄混じりに料理を再開した。
初めて会った人だというのに、昔から知り合いだったかのようなその接し方に、不思議なことに嫌悪感は抱かなかった。
違う、抱けなかった…。
変な人…。
「でも本当に、焦げてなくて良かったわ。」
「佐々原くんがよそ見なんかしてるからだろう。」
「ふふ、はい部長。すみません」
―――相手は、会社の部下で…。今、妊娠5ヶ月なんだ――
そんな父の言葉を、急に思い出していた。
確かに、言われてみればお腹が少し出ているのがわかる。
「…柚姫。」
佐々原さんをぼんやりと見ていた時、ふいに静かないつもと変わらない声音で、父に呼び止められた。
「…その、なんだ。彼女は誰にでもああなんだ。気にしないでやってくれ」
いい淀みながらも、父はそう彼女を説明した。
別に、と首を振ると微かに安堵のため息をこぼす。
それからゆっくりと深呼吸して、思いきったようにお父さんは口を開いた。
「…昼間は、すまなかった。」
え…。
予想外の言葉に、黙って父の出方を伺っていると、父の目が困ったように泳いだ。
「…憎いか、俺が。」
そうだよなぁ、何一つお前にかまってやれなかったもんなぁと、父は自嘲気味に呟く。
その姿は、かつてあたしが一度も見たことが無いほど弱々しいものだった。