【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
♪ 暁の隠し事
『(…ホントにそれで、後悔はないのかしら。)』
「(ああ、ないよ。もちろん)」
電話の向こうで、彼女は大きくため息をついた。
『(…ユズはどうするの?)』
「(どうもしない。もう彼女は大丈夫。俺がいなくても一人で歩いてゆけるさ)」
…そうだとも。俺は必要ない。
『(ユズだけのことじゃないわ。あなたはどうなの?)』
「(言っただろ?後悔はない。)」
その言葉が嘘にまみれているということを、彼女には見抜かれているのだろうか。
柚…。
後悔していないわけがない。
彼女が誰かのものになってしまうのを想像するだけで、心が張り裂けそうだ。
けれど俺に、彼女を抱きしめ、引き留める腕などないのだから。
それを持つ誰かにこそ、柚を幸せにできる。
いつか離れてしまうことがわかっていながら、どうしてこんなに愛しく想ってしまったのか。
いつから俺は、こんなに自分の感情を優先する奴になってしまったんだか。
『(…アキラ、逃げるわけにはいかないの?)』
それは、何度も考えたよ。
けれどやっぱり、俺には無理だった。
「(俺は逃げられないよ、沙夜。さぁもう夜も遅い、寝なさい。)」
『…オヤスミなさい。』
片言の日本語でそれだけ言うと、妹の沙夜は電話を切った。
俺は、逃げられないんだよ。
恩があるから、オルドリッジには逆らわない。
…そろそろ、準備をしなくてはいけない。
俺は重い腰をあげてカーテンを開け放ち、朝日を浴びた。