【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
「もう少し待ってたら連れていってあげたのに。気が早いね」
「ふざけ…っ」
頭にすっかり血が昇ったらしい暁くんは、道路を渡ろうと一歩踏み出した。
…信号は、赤だった。
「―――来るな、暁!!!」
目の前の光景が、信じられなかった。
エドガーさんが声を張り上げた時、暁くんめがけて大きなトラックが迫っていた。
「――――っ!?」
あたしの中に、あの日の記憶が駆け巡る。
焦げ臭い匂い、歪んだトラックとガードレール、そして親友の……
いや…あんなのもう、いや。
「…―――っ」
あたしを、もう一人にしないで…っっ
「…っあ――――」
いや、いやぁあああっ!!
「―――――っ暁くん!!!」
あたしの悲鳴は、空気の塊なんかじゃ無かった。
ただ無我夢中で走って、彼の身体を力一杯突き飛ばす。
トラックは、甲高い急ブレーキ音を発しながらあたしへと突き進んでくる。
…この感覚を、あたしは知っている。
あたしの周りだけ、やけに時間がゆっくりと流れていて、一人時間に取り残されたかのように錯覚した。
耳障りなブレーキ音が、あたしの身体を覆って行く。
…でも、良かった。
あたし、今度は守れた…。
突き飛ばした暁くんは、大きく目を見開いていて、茶色の瞳にはあたしが写り込んでいた。
伸ばされた手は、あたしを捕まえようとしているのだろうか。
ただ一瞬、指先を掠めた手は空を切る。
さよなら、暁くん…。
死を覚悟して、ゆっくりと目を閉じた。