【完】Lost voice‐ツタエタイ オモイ‐
「え、えっと…」
「うん?」
「ご、ごめんなさいっ。あたし、すっかり忘れてて…!だからご褒美、用意してないの…」
「いいよ。欲しかったものは、物じゃないから」
「え…、じゃあ何が…―――」
何が欲しいの?
そんな言葉は、出てこなかった。
唇に触れる、柔らかくて温かい感触に、一瞬思考が停止する。
今、何が…?
ちゅ…、という小さな音だけをたてて触れてた唇はゆっくりと離れた。
「ご褒美、いただきました」
珍しくニヤリと笑った暁くんは、あたしの頬を撫でて、今度はニッコリと笑う。
何をされたのか、気付いたあたしは途端に顔が沸騰したように熱くなった。
いっいいいい…っ今、キスを…っ!
「柚の唇、冷たいね?」
「そ、それは、寒いから…」
暁くんはあたしの頬や瞼にもキスを落とし、まるで体温を確かめているようだった。
その間、どうしていいかわからず、身体を固めたあたしはされるがまま。
「あ、あの…暁くん…」
「ん…?」
いつの間にか腰にも手を回され、ぴったりと身体がくっついて離れられない。
そんな距離のまま、今にも唇が触れてしまいそうな距離で、暁くんは微笑む。
いつもと少し違う、男の人の雰囲気で。
「あの…ちょっと、近…っ」
「ねぇ、柚?」
あたしの言葉を遮った暁くんはあたしの唇を指で撫で、一言。
「温めてあげようか?唇」
そのかっこよさと、いい声のダブルパンチで、あたしの頭が真っ白になったのは言うまでもない。
「い…っいい!またね暁くん!送ってくれてありがとうっ!!」
隙を見て抜け出し、それだけ言って脱兎の如くマンションへ逃げ込んだ。
「に、逃げられた…」
暁くんが落ち込んでいるなんとことは、露知らず。