幽霊美容室
お袋からの一本の電話
コトバにならない声
ただ、ただ泣きじゃくるお袋。

交通事故だった。

そう、ニュースで見れば1分にも満たない内容で
あっという間に過ぎて行く、所詮他人事のようだった
そんな交通事故で親父は写真の中の人になった。

来年で50になる…
"中年"って書く
その歳で。

お袋は技術者じゃなかった。
シャンプーをさせればそれこそ右に出るものは居ないって
今でも自信を持って言える。
けれど当然シャンプーだけ出来ても美容室は出来ない。

葬儀のために帰った俺は
何も深く考えないままこの店を継ぐといい放ち
あんなに頑張っていた街の店をあっという間に辞め
2代目としてこの店の店主になった。

妻には正直反対された。
ガキだってまだ幼い。
けれど俺の意思は固かった。
今考えてみれば何故あの時"継ぐ"と言ったのかさえも分からない。

あれから何年だろうか…

昔なじみの客ばかりのこの店も
最近じゃ滅多に客なんて来やしない。

もともと登山が好きだった親父が
山の休憩所みたいな店にしたいと
ロッジハウスみたいな建物に様々な植物を茂らせた。
そのなんとも言えないたたずまいから近所ではこう呼ばれていた

"幽霊美容室"

それでなくてもそんな風に呼ばれているのに
これだけ客がこなけりゃまるで墓場のよう。

そうだな、美容師の墓場だな。

あきらめ半分
まるでセミリタイアしたかの様な暮らし
ぬるめのコーヒーと繰り返し流れるビル・エヴァンスのピアノの音
飾られたいくつものコンクールでの賞状を眺め
昔の栄華を思い出しちょっぴりオセンチになってみたりする。

今日も握る事の無い俺の相棒を磨いて
帰り支度でもしようかとしていたその時だった。

カランコロン

響くドアの鐘の音。

「わたしの髪…切ってもらえますか?」
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