君のこれからを僕にください
病院に運んでいる間、夏希にいつもの笑顔は一切なかった。
泣くわけでもなく、気丈に振舞うでもなく夏希は無表情だった。
休日で開いていたのは少し離れた総合病院で、
夏希はすぐに処置室に運ばれた。
最後の大会で優勝できなかったことは、
誰よりも努力し誰よりも優勝を熱望していた夏希が残念であることは確かであった。
そんな夏希どころか部員に対しても僕は気の利いたこと一つも言えず、
病院までの間はただただ無言だった。
そう思うと待合室に居る僕の目には大量の涙が流れた。
新任で何をやっていいか分からなかった僕にこんな充実した毎日を運んできてきれたのは、
他でもない夏希だった。
僕のなかで本当に本当に特別な生徒で、ひたむきに頑張る姿に尊敬の念も抱いていた。
最後のユニフォーム姿を僕は決して忘れない、あれほど真剣な人間に僕は初めて出会ったのだからと、
今日の日を振り返っていた。
プルルルル・・プルルルル・・
校長から着信があり、僕は急いで病院を出た。
既に切れてしまった電話にすぐにかけなおした。
「あ、すいません高橋です。今病院内にいたので出れませんでした」
校長の言葉は淡々と用件を伝えた。
その冷静さが僕をイラつかせ、そして今にも泣き出しそうだった。
必死に自分を抑え、待合室に戻るとそこには治療を終えた夏希の姿があった。
「ご迷惑おかけしました」
無理やりつくった笑顔で、僕に言った。
僕の手はずっと震えっぱなしだった。
どうやって夏希に伝えるか、そして僕自身もその事実に押しつぶされそうだった。
「あの・・さ・・夏希・・」
僕が言いかけると夏希は言った。
「知ってるよ。さっきお母さんが死んだって。先生戻ってくる前に連絡あった」