Beast Prison 館長さんEDCBA
 非常事態に飛び交う声は、狭く暗い通路を駆け回る。群れを成した足音は、血相を変えて走る“人間”達に纏わりつくよう冷たく無機質に反響していた。
 木霊する靴音が近づいてくるのを聞きながら、それでもエルは演説を続ける。誰もが慣れすぎて気付きさえしなかった、理不尽の根本を正すために。
 その隣には、目の下の隈が異様に白肌に目立つ青年が控えていた。エルの傍らで彼をサポートしている青年もまた、彼と同じ気持であった。
 もっとも、彼もエルに説得されるまでは劣性種への待遇に疑問を持った事もなく、恐らく気付かされなければ一生この檻の中で過酷な労働を強いられて生きていたことだろう。しかし、エルの意見に賛同した今、自分たちの求める世界を手に入れるため、彼もこうして自分の力を最大限に生かす形で闘っているのだ。
 迫り来る足音は乱雑に入り乱れており、それらはお世辞にも綺麗なハーモニーを奏でているとは言い難い。それは、いかに多くの人員が駆り出されているかを如実に物語っている。ようやく足並みが揃ったのは、放送室の扉の前に集まってからであった。
「ツブヤキ」
「うん」
 エルに呼ばれて、青年が小さく頷く。緊張から、二人はゴクリと生唾を飲み込んだ。
 刹那。放送室の扉は荒々しく開けられ、中に駆けこんできた“人間”達に二人は取り押さえられる──筈だった。そこに彼らが居たのなら、の話であるが。
 放送室を見回した“人間”達は、確保するべき標的の姿を視界に捉えられず言葉を失う。閑散とした空間には、悠々と演説を続けるエルの声が響いているだけだった。
 しかし、よく聴けばそれは二重になって聞こえてくる。一つはスピーカーから。そしてもう一つは放送室のマイクの前に置かれた、小さな黒い機械からだ。四角い胴体からすらりと延びた一本の角は、踏み込んできた彼女達を嘲笑うかのように天を仰いでいた。
「くそ……やられた! 奴らはこのトランシーバーを使って、遠隔から演説をしていたんだ! A班からD班は直ちに館内を捜索、E班はカメラとログをチェック、F班はセキュリティレベルを引き上げて各エリアの指揮に当たれ!!」
 この集団の指揮をとる“人間”は悔しそうに歯ぎしりをすると、それでも瞬時に冷静な判断を下し、命令とした。
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