わたしとあなたのありのまま
 こんばんはと挨拶を交わし、その人は私たちの手前で、ふと足を止めた。


「彼女?」

「うん」

「可愛い子ね」

 一瞬のうちに交わされた会話に、私が割り込む隙などなかった。

 嫌味のない社交辞令をサラリと口にしたその人は、フフフと笑って通り過ぎ、隣の部屋の扉を開錠して開けた。

 とても優しい笑い方をする人だと思った。


「ゆきさん」

 不意に田所が彼女を呼びとめた。
 ゆきさんは、「ん?」と開けた扉を片手で支えたまま、こちらに視線を向けた。


「俺たち、その……
 今から、アレだから」

 意味不明な日本語が田所の口から発せられた。
 ゆきさんは、クスリと笑って、

「いいのに……
 そんな報告」

 と返す。


 どうやら、ゆきさんには伝わったらしい。
 このアパートの住民間で使用されている、暗号かなにかなのかな。


< 74 / 318 >

この作品をシェア

pagetop