たった一人…。
♪♪♪~
「もしもし。」
「あ、奈央ちゃん?さっきはごめんね。気を使わせちゃったね。」
「いえ、気を使ったとかじゃないんで。体、大丈夫ですか?」
「うん、今はもう平気。あの後、私が落ち着くまでずっと彼が側に居て心配してくれたの。」
「そうですか。あの、豊広さんは?」
「もう支社に戻るって言ってたけど。」
「そうですか。分かりました。わざわざお電話ありがとうございます。体、気をつけて下さいね。」
電話を終えた後、私は携帯をそのまま落とした。
もしかしたら彼からの電話かと期待した自分が嫌になる。
カッターを手首にあてた。
『俺は、まだ彼女の事が忘れられない…。形あるものは捨てれても、思い出は捨てられずにいる…。』
『あの子の事、忘れないであげて。』
『あぁ、分かってる。忘れないよ…。』
そうだ…。
彼の中にはまだ加奈さんと亡くなった子供の事があるんだ…。
手首にあてたカッターを引き、そのまま記憶をなくした。
あの日から、営業所でも加奈さんの姿を見なくなった。
体調が悪いのかもしれないけど、今の私には人を心配するほどの余裕はなかった。
毎日、バタバタと1日が終わる。
でも、その方が余計な事を考えずに没頭できる。
平穏な日々が過ごせていた。
あの日までは…。