狂犬病予防業務日誌
「それと?」
「いいえ忘れてください。次の質問をどうぞ」
本音を喋ってもただの愚痴になってしまう。おれは2つ目の質問に移ることで本音を心の奥に押し戻した。
「どうして臨時職員の若い兄ちゃんが一人だけこんな時間になるまで残ってるんだ?」
浮かない顔で老人が尋ねてくる。地方の保健所とはいえ頼りない若者が一人でいるのは不思議なのだろう。
「今日はクリスマス・イブだから皆さん急いで帰られたみたいです」
「あんたは?」
「キリスト教徒じゃないんで」
老人に馬鹿ウケした。尋常な笑い方じゃなかった。鋭利に口角を上げ、笑い声は甲高く、耳の鼓膜を不快に刺激した。
おれは両耳に手を当てたが効果なく、いつまでも卑下た笑いがもれてくる。
老人の唇が裂け、音量が倍増した。
耳、口、鼻、体の穴という穴、皮膚の毛穴までも栓でふさいで肌で感じる老人の声を拒絶したい。
おれは立っているのが不思議なくらい平静を失いつつあった。これは現実じゃないという確信めいたものがない。客観的な立場で見るしか平常心を保てそうにない。
さらに老人の頬骨が突き出て皮膚を破ると脈略なく真っ白い光が射した。眩い光なのにどこか陰に染まっている気がした。老人から発せられたにしてはエネルギッシュすぎる白い光が不釣合いで陰の部分を感じるのかもしれない。
「いいえ忘れてください。次の質問をどうぞ」
本音を喋ってもただの愚痴になってしまう。おれは2つ目の質問に移ることで本音を心の奥に押し戻した。
「どうして臨時職員の若い兄ちゃんが一人だけこんな時間になるまで残ってるんだ?」
浮かない顔で老人が尋ねてくる。地方の保健所とはいえ頼りない若者が一人でいるのは不思議なのだろう。
「今日はクリスマス・イブだから皆さん急いで帰られたみたいです」
「あんたは?」
「キリスト教徒じゃないんで」
老人に馬鹿ウケした。尋常な笑い方じゃなかった。鋭利に口角を上げ、笑い声は甲高く、耳の鼓膜を不快に刺激した。
おれは両耳に手を当てたが効果なく、いつまでも卑下た笑いがもれてくる。
老人の唇が裂け、音量が倍増した。
耳、口、鼻、体の穴という穴、皮膚の毛穴までも栓でふさいで肌で感じる老人の声を拒絶したい。
おれは立っているのが不思議なくらい平静を失いつつあった。これは現実じゃないという確信めいたものがない。客観的な立場で見るしか平常心を保てそうにない。
さらに老人の頬骨が突き出て皮膚を破ると脈略なく真っ白い光が射した。眩い光なのにどこか陰に染まっている気がした。老人から発せられたにしてはエネルギッシュすぎる白い光が不釣合いで陰の部分を感じるのかもしれない。