狂犬病予防業務日誌
(過去を変えるんだ!)

「ねぇ、ぼくが探すよ」
 小さくなったおれの体は母親と冷蔵庫の間に容易く入ることができた。

「どこにあるかわからないでしょう?」
 意外なほどにこやかな顔で母親はおれの厚意を退けようとする。

「冷凍室でしょ、任せて」
 おれは子供らしい笑顔で積極的な態度を意思表示した。冷凍室の扉の取っ手を背伸びして掴む。

 横で母親が心配そうに見守る中、おれは扉を開けて隙間なく積み重なり冷凍保存されている食材に手を伸ばした。当てずっぽうで冷たい塊を引っ張り出すと、鮭の切り身や電気炊飯器に残った白いご飯をラップで包んだ非常食ばかり出てきてお目当てのものに行き着かない。

 とにかく牛肉を見つけないと……牛肉より先に冷凍されたカブトムシを手にしてしまったらどうやって言い訳すればいいのかわからない。素直に謝れば許してくれるだろうか?母親の気性からすると望みは薄い。

 冷凍室に手を突っ込んだまま静止していると、母親の険しくなっていく顔を見てしまった。

「なにやってるの?」
 怒りがふくまれた声に敏感になり考える余裕がなくなったおれは適当に選んで掴んでいた塊を床の上に滑り落としてしまった。

 ゴツンと硬い物同士がぶつかる鈍い音がして塊は霜散し、ヒビが入り、カブトムシの特徴である叉状の角があらわになる。

(いつもこうだ……必死にがんばろうとしても結局は悪い方へ運命が向かってしまう)

 光沢が失われた黒褐色の突起物を見た母親は悲鳴を上げ、おれは発作的に激しく首を左右に振る。自分のせいじゃないとアピールしたい黒い心が作用した。
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