狂犬病予防業務日誌
 確認する方法はある。

 おれは事務所内に引き返して電話をかけた。覚えている番号はたったひとつ。親しい友人もいないし、親戚とも疎遠。自宅の番号だけが迷わずに自然とボタンが押せる。

「もしもし、T地域保健所ですが……」
「も、も、もしもし……あなた?」
 電話の相手は慌てて受話器を取りにきたのか息切れしている。

「やっぱりおまえか……」
 おれは独り言のように呟く。

「それはこっちの台詞。さっきの電話あなたの声に似ていると思ったのよ。あなた保健所でなにをしているの?」
 驚きと落胆、そして怒りも入り混じった複雑な声で妻が尋ねてくる。

「は、働いてるのさ。臨時職員として」
「なに言ってるの?保健所はとっくの昔に辞めてるじゃない!」

 手から受話器が滑り落ちた。

 受話口から妻の声がもれていたが、おれを呼び戻す力はない。

 いつしか窓際に立っていた。

「老けたな」
 周りが暗闇で鏡のように映った自分の顔を見て嘆く。
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