狂犬病予防業務日誌
 また一枚写真が追加された。おれが用紙に中野源一郎と書き込んでいる写真だ。

 突如としてボールペンを持っている右手が動く。写真が帯状のフィルムとなって断続的な映像になった。

 目の前に座る男に促されて用紙に記入していくおれ。

 犬に激突され脳震盪を起して倒れている男を茫然と眺めているおれ。

 我に返り自分より一回り大きい男を背負って事務所内で一休みするおれ。

 男が目を覚まし裏口に向かうのを後ろからついていくおれ。

 休憩室でなぜか冷蔵庫に触れた瞬間倒れた男のポケットから千枚通しが落ちたのでそれを拾うおれ。

 犬や猫の処分には2100円。だったら人間はいくらなのかと疑問を抱き、千枚通しで男を容赦なく刺したおれ。

 罪悪感は希薄で犬や猫を殺す手助けをしてきたおれに人間と他の動物との区別などつかなくなった。

 しばらく正常に流れていた映像が逆回転をはじめて急停止した。静止画像には妻が拾ってきた犬をおれが散歩させている場面が映っている。

 完璧に思い出しそうだ。

 再び写真が映像となって動き出す。

 長時間の散歩のあと、おれは段ボール箱を持ってきて犬を呼ぶ。

 犬は白い息を吐きながら素直に段ボール箱に入る。エサがもらえると思ったのかそれとも新しい小屋をプレゼントされたと思ったのかわからないが馬鹿な犬だ。

 ガムテープと荒縄を惜しげもなく使い、逃がさないという法則だけで大雑把に梱包する。仕上げに段ボール箱を背負い荒縄で体と一体化させた。




 
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