狂犬病予防業務日誌
エピローグ
 もう、コリゴリだ。

 小さな箱に閉じ込められるわ、食事は口に合わないわ、散々だ。

 こんな短期間で故郷に帰りたくなるとは自分でも信じられない。

 ミンナを探そう。

 決心してからの行動は早く、鼻で潮風をキャッチすると全速力で港に向かった。

 自分の縄張りだった港を闊歩していると、海の底へおもりを沈めている鉄の塊のひとつに目が離せなくなった。

 そこにミンナがいた。

 リレー方式で箱を陸に揚げていた。

 蓋がずれているところから歩脚の先がハサミになっている生き物が見えた。

(いい匂いはするけれど、人間はあんなグロテスクな生き物を喰うのか?)

 鉄の塊を撫でるように舞う風に誘われて鼻がピクピク動き、男たちの汗臭さ、塊の内部から懐かしい香りがして故郷を無性に恋しくさせた。

 耳をピンと立てる。もっと確実な情報がほしかった。

 ほどなく話し声を受信して男たちが呼び合う名前を聞き取ると思わずニヤけてしまう。

 イズマイロフ、ケルジャコフ、スメルチン……ミンナに間違いなかった。

 四つの肢を折り曲げて雪の上で体を丸めた。

 興奮を抑えるのに雪の冷たさがちょうどよかったのは僅かな時間で、海から吹いてくる風が望郷の念よりも体の温かみを奪い、寒さだけを意識させる。

 尻尾をマフラー代わりにしていたら毛が鼻の穴に入りくしゃみが出た。仕事にひと区切りついた一人の男がこっちに気づく。

 脈ありだと根拠の無い自信がわく。



 

 
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