狂犬病予防業務日誌
 電話は三日に一度、犬や猫の殺処分は週に一度あれば多い方。資料を読んだり、古い型のパソコンで簡単な資料を作成して一日を過ごす。犬や猫の殺処分に目をつぶればそれほど辛くない仕事といえる。

保健所にある資料は解釈が難しい文章が羅列されていて睡魔に襲われることもあったが、狂犬病については興味がわいた。

 発病すれば100パーセント死亡するのが狂犬病。犬や猫に咬まれ、唾液中のウィルスに感染し、すべての哺乳類動物は罹患する。

 世界で年間3~5万人が犠牲になり潜伏期間は人間だと約30日。初期は風邪に似た症状で咬まれた箇所が知覚異常となり、後に不安感、水を飲めなくなる怖水症、麻痺、神経錯乱を起して最期は呼吸麻痺で命を落とす。

 犬の潜伏期間は3週間で、後ろ肢の麻痺にはじまって流涎や石などを食べたり咬みついたりと目に映るものすべてに攻撃的になる。異常な声で吠え、やがて起立不能になると昏睡死する。

 ワクチン接種すれば予防は可能だが、いまだに有効な治療法がない恐ろしい病気だ。

 保健所の臨時狂犬病予防技術員は一日の締めくくりとして必ず日誌を書くことが義務づけられ、黒い綴込表紙にはワープロの整った活字で『狂犬病予防業務日誌』とシールが貼ってある。
 
 中身は書き込むためのたくさんの項目欄が存在する。一番上の日付から氏名、本日の業務、処分動物、処分に使用した薬物、抑留番号などの項目が並ぶ。

 犬や猫の苦情と相談は『その他業務内容及び特記事項』のところに電話の内容と経緯を細かく記入する。なにもない日は『本日の業務』のところに『事務整理その他』と書くことが通例となっている。
 
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