狂犬病予防業務日誌
 今日は『猫の処分』と記入しなければいけない嫌な日だった。

 午前10時34分に電話が鳴り、女の声で飼い猫を処分してほしいとの相談が寄せられた。猫アレルギーになり面倒を見てくれる人もいないので処分したいと言ってきた。

 飼い主の判明しない野良犬や野良猫などは別にしておれが保健所に勤めてから飼っている元気な犬や猫を処分してくれと頼まれたのは初めてだ。

 やむ得ない事由、回復の見込みがない重篤な疾病、あるいは老いて動けなくなり安楽死させてやりたいと処分を依頼してくるのが大方の理由。

 今回はやむを得ない事由?により仕方なく猫の処分を了承することにした。飼い主がどうしてもというのならこちらに拒む理由はないのだ。

 マスクをしてゴホゴホ咳をする弱々しい女の人を想像していたが、保健所にやって来たのはふくよかで笑顔が似合う病気とは無縁の若い女性だった。

「喘息がひどくって」
 彼女は苦笑いを浮かべながら言った。

 笑ってごまかせばすべて許してもらえると思っている底の浅い言い訳におれは怒りを抑えて『犬又は猫の引取り申請書』を黙って突き出した。

 なに、これ?という顔をして彼女は申請書をまじまじと見詰める。

 通常なら電話口で2100円の手数料がかかること、簡単な書類を書いてもらうので印鑑が必要なことなど説明しておかなければいけないのだが、わざと教えなかった。

 彼女に対して悪意ではなく善意の不親切で説明責任を放棄する権利を行使したことに悪意など感じない。

 自分が飼っているペットが原因で病気になった腹癒せに処分を依頼してきたのか、それとも世話をするのが単純に嫌になったのか、どちらにしても粗雑な動機で一々処分をお願いされてはたまらない。

 


 

 
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